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2017.5.23

被災地のいま(岩手県大槌町)

 

震災から6年余りがたった岩手県大槌町。2017年5月。時折うぐいすのさえずりが聞こえる城山公園から町を眺める。かさ上げして土地区画整理が行われた町中心部の町方(まちかた)地区。住宅や商店が建ち始めているものの、まだ数は少ない。電信柱と碁盤の目状の道路が目立つが人の姿はない。JR山田線大槌駅周辺でも復旧工事が行われている。現在不通になっている宮古―釜石間は、2019年3月の開通を目指している。

 

 

 

 

 

 

 

 

旧役場庁舎の正面玄関付近は、板塀風のフェンスで囲われている。中をのぞき込むと、津波で破壊されたままのコンクリートが目に入る。建物の後ろに回ってみると、外壁にツタが生い茂り、6年余の歳月を思わせる。当時の町長ら役場職員40人が犠牲になったこの建物を震災遺構として残すのか解体するのか、結論は出ていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

毎回同じ場所から同じ方向にカメラを向けて写真を撮る定点観測。岩手県立大槌高等学校の復興研究会の生徒達が、神戸大学・近藤民代研究室の指導を得て、2013年から年3回、町の移り変わりを写真で記録し続けている。2017年5月の定点観測会は13回目。2日間でのべ58人の生徒が、町内188か所でタブレットやデジカメを手に、町を歩きながら写真を撮っていく。工事が進むと景観が変わり定点が見つけにくくなる。生徒達は、建設会社の社員らの助けを借りながら定点を見つけては町の変化を記録していく。高校には毎年新入生が入り卒業して行くが、その定点こそ、先輩が踏みしめ、また後輩がふるさとを見つめる原点にもなっているようだ。今まで撮った写真は、2,340枚にも上る。

 

 

 

 

 

町方(まちかた)地区は平均2.2メートルかさ上げされたが、旧役場の近くに、周りから見るとそこだけぽっかりくぼみになって干上がった池の底のように見える場所がある。自噴井に続く池があった御社地(おしゃち)公園があったところだ。町民に親しまれてきたこの公園を復活させるために、ここだけ盛り土が行われていない。自噴井が盛り土の上まで届かなくなるからだ。その一角に、昭和8年3月3日の大津波の被害などが記された「大海嘯記念碑」が残されている。津波でほかの場所に倒れていたのを移転させたという。いわく「地震があったら津浪の用心、津浪が来たら高い所へ逃げよ、危険地帯に住居をするな」。この時に比べれば、比較にならないほど大きな被害を受けた今となっては、先人が石碑に刻んで残したこの教訓はあまりにも重く響く。この碑を初めて間近で見つめる今年の新入生達は、何を思っただろうか。(文・写真 智片通博 2017年5月)

 

 

 

写真は上から、大槌町町方地区、旧役場庁舎、安渡地区で定点観測する大槌高校復興研究会の生徒、御社地公園と大海嘯記念碑

 

 

*岩手県大槌町の東日本大震災による人的被害は1,285人、家屋被害は4,375棟。震災直前の人口15,944人に比して2017年4月末現在の人口は、3,795人減の12,149人、世帯数も6,388世帯から932世帯減の5,436世帯となっている。(大槌町役場町民課) 

 

写真は大槌町吉里吉里地区

 

 

 

 

 

 


 

【広報室より】世界防災フォーラム前日祭(2017年11月25日、東北大学川内萩ホール)にて、大槌高校復興研究会の活動を発表予定です。お問い合わせ:IRIDeS広報室 電話 022-752-2049、Eメール koho-office*irides.tohoku.ac.jp(*を@で置き換えてください)