IRIDeS NEWs | 東北大学 災害科学国際研究所 IRIDeS

2016.11.16

脳科学を用いて「災害を生き抜く力」の解明に取り組む(杉浦元亮教授)

 

IRIDeSでは、工学・医学・理学・文学など多分野の専門家が集まり、学際的に災害・防災研究を行っています。今回はその中から、脳科学と防災分野を融合させる世界初の試みを行ってきた、杉浦元亮教授の研究をご紹介します。

 

 

脳科学で防災分野に取り組むようになったわけ

 

%e6%9d%89%e6%b5%a6%e5%85%88%e7%94%9f 杉浦元亮教授

脳科学とは、人間行動と脳の機能の関係などを、心理学・計測工学・医学など多様な専門家が集まって解明する研究分野です。研究にあたり、まず人間に関する文系的な問いを立て、その答えを理系的な技術で導くことが多く、脳科学にはもともと文理融合的・学際的性質があるといえます。しかし、脳科学を災害事象(理系が中心)について関連づけて研究した事例は、これまでほとんどありませんでした。

 

杉浦教授は、医師であり脳科学の専門家ですが、研究者になった当初は、防災については特に着目していませんでした。しかし、それまでの脳科学は部分的な人間行動しか取り上げてこなかったのではないか、もっと大きな視野で人間を捉えたい、との問題意識を持っていました。

 

そんな時、IRIDeSの前身であり、東日本大震災発災前に設置されていた「防災科学研究拠点」から共同研究のオファーを受け、防災分野に足を踏み入れることになりました。防災は包括的な学問分野であり、防災という文脈で人間を考えれば、必然的に、人間をより包括的に捉えることになります。

 

そして、東日本大震災が起きました。震災の1年後IRIDeSが発足し、杉浦教授はIRIDeS所属の教員となりました。大災害という極限状態において主体的に考え行動し、他者と共生できるような人間の生きる力とは何か、という大きな問いに、脳科学の立場から取り組むことになったのです。

 

 

杉浦教授の「生きる力」研究

 

%e7%94%9f%e3%81%8d%e3%82%8b%e5%8a%9b%e7%a0%94%e7%a9%b6%e6%a6%82%e5%bf%b5%e5%9b%b3 「生きる力」研究 概念図

杉浦教授は、IRIDeSの今村文彦教授、邑本俊亮教授、佐藤翔輔助教らとともに、まず宮城県の被災者1412名に対して質問紙調査を行いました。

 

その分析に基づき、災害を生き抜くために役立つ個人の性格・考え方・習慣が、8つの生きる力(「人をまとめる力」「問題に対応する力」「人を思いやる力」「信念を貫く力」「きちんと生活する力」「気持ちを整える力」「人生を意味づける力」「生活を充実させる力」)にまとめられること、また、それらの力が、東日本大震災の様々な段階での危機回避・困難克服の経験(津波避難や避難所での問題解決、健康状態など)と相関があることを突き止めました。

 

この発見は、先1月、特に医学分野で著名な国際学会誌PLOS ONEで発表され、話題を呼びました。

 

 

杉浦教授は現在、上記の研究を更に進め、8つの「生きる力」が、それぞれ脳のどの部位の活動と相関しているかについて調べています。たとえば「気持ちを整える力」が高い人は、不快な情報を脳へ入れないよう制御できる人なのではないか、など、まだ仮説段階ではありますが、かなり傾向が見えてきているとのことです。

 

杉浦教授によると、現時点では、各「生きる力」の高低と、脳活動の個人差が対応していることまでは分かっています。しかしなぜ各「生きる力」には個人差があるのか、つまり、なぜ特定の生きる力を高くするように脳の特定の部位が活発に動く人と、そうでない人がいるのか、という理由まではわからないとのことです。

 

「人の生きる力は、遺伝子により、生まれたときから運命づけられているのか?または、環境や訓練次第で生きる力の強い人間を育てることができるのか?」は、科学が取り組むべき重要なテーマです。杉浦教授は、「生きる力」と脳の関係をもっと解明していけば、災害に強い、生きる力を多く持つ人間を育てることができるようになるかもしれない、たとえそれが現在はSF世界の話でも、将来実現する可能性はあるのではと語ります。

 

 

今後について

 

fmri%e6%92%ae%e5%83%8f%e9%a2%a8%e6%99%afl MRIを使った計測の様子

杉浦教授は、高校時代は文学青年でもあり、人間の真実とは何かについて、深く興味を持ってきました。現在は、研究者として、単に人間のあり方を明らかにするだけでなく、人間はどうあるべきかまで提言したい、人間の「生きる力」を明らかにして、教育や人材育成のありかたまで生かせないかと考えています。

 

「人間とは何か」は、人文科学が追求してきた根源的な問いです。そして、それを解明するための言葉やツールは、近年、大きな発展を遂げてきました。1980年代以降、PETやMRIなどの技術の発達で、脳科学の分野は実験や計測ができるようになり、手法やデータが急速に発展しました。

 

杉浦教授の、脳科学と防災・災害科学を融合させる試みや、生きる力を解明するために質問紙からデータを集めるという手法は斬新で、伝統的な学問分野ではなかなか理解されにくいのが悩みとのことです。

 

杉浦教授はライフワークとして、脳科学を用い、災害を生き抜く力の全容解明に取り組んでいく考えです。

 

 

* * *

 

杉浦元亮(すぎうら もとあき)教授

 

加齢医学研究所・災害科学国際研究所所属。東京都出身、平成8年東北大学医学部卒、12年同大学院医学研究科博士課程修了、博士(医学)。ユーリヒ研究センター医学研究所客員研究員、宮城教育大学、生理学研究所准教授を経て、平成28年より現職。平成22年度科学技術分野の文部科学大臣表彰若手科学者賞授賞。

 


 

【お問い合わせ】IRIDeS広報室 電話 022-752-2049、Eメール koho-office*irides.tohoku.ac.jp (*を@で置き換えてください)

 

 

 

 

TOPへ