IRIDeS NEWs | 東北大学 災害科学国際研究所 IRIDeS

2019.10.25

感染症治療薬研究の長い道のりを歩む

災害としての感染症

 「災害」と聞き、一般的に思い浮かべやすいものは地震や津波などでしょうか。しかし、ウイルスや細菌が人間の体内に入り、増殖して病気を引き起こす「感染症」にも、災害と捉えられるものがあります。例えばアフリカなどで大きな被害が出たエボラ出血熱や、一部の鳥インフルエンザなどの感染症には、致死率が高い危険なものがあります。アウトブレイクの規模によっては地震や津波と同じように、広範囲で住民の避難が必要になることもあります。除染が終了するまで戻ることができない場合は、原子力災害にも似た状況となります。

児玉教授の感染症研究 白血病ウイルス治療薬開発に取り組む

 IRIDeSの児玉栄一教授は、これまでさまざまな感染症の研究に取り組んできました。携わってきたのは、結核、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)、麻疹、EBウイルスなどですが、中でもEBウイルスによって引き起こされる白血病に関しては、約20年にわたって治療薬開発を主導してきました。児玉教授は、「ウイルス発癌は、エボラ出血熱のように劇的ではありませんが、感染した人に知らぬ間に癌を発症させるサイレント・アウトブレイクです」と説明します。EBウイルスによる白血病罹患者は、日本だけでなく、東アジア・アフリカ全般に存在すると考えられています。ウイルスによって引き起こされる癌の治療にはとても大きな意義があり、児玉教授はEBウイルスの治療薬開発に取り組むことにしました。しかし、その道のりは平坦ではありませんでした。

災害医学研究部門
災害感染症学分野
児玉 栄一 教授

 児玉教授は「現代医学において、新薬を1剤創りだすというのは、本当に大変なことです」と実感を込めて述べます。新薬開発には多くの人員と膨大な回数の試行錯誤、多額の研究費が必要になります。何百人も研究者が所属し、薬の開発を専業とする製薬会社でも、年間に1剤も新薬が開発できないこともあります。大学に所属する一研究者が、教育、医師としての診療、運営業務もこなしながら、新薬開発にまでこぎつける困難は、想像に難くありません。「個人の研究者が、『皆さん、こんな薬を研究開発できたらいいですね』と提案し、すぐに『それはいいですね、やってください応援しましょう』とはならないのです。そもそもこの研究をやって成果が出るのか、成果が出てもそれが治療に繋がるものになるのかは、実は研究者本人にとっても、実際にやってみないとわからないことです」。しかし、それはすべての研究について言えることです。「京都大学の山中伸弥教授によるiPS細胞の発見ですら、最初は絶対無理だろうと言われていました。できるかできないかは一旦置いて、やらなかったら絶対できないのが研究です」。児玉教授は、最初は小規模の研究費獲得からはじめ、EBウイルス関連白血病治療薬の開発に取りかかることにしました。
 
 児玉教授が最初に手ごたえを感じたのは、研究初期のころでした。ウイルス性白血病を抑制する化合物を実際に発見した時、「これならできる」と確信に変わりました。「しかし、私は最初、無名でしたから、周囲の信用がありませんでした」。学会や論文発表を通じて少しずつ児玉教授の名前が知られるようになったころから、薬学部、製薬会社、他大学などから研究協力の申し込みが来るようになりました。「協力者からさまざまな化合物を提供されたことで、目的に合う治療薬候補を見つける確率が格段に上がりました。共同研究したいと表明する研究者も増えてきました」。児玉教授が、日本たばこ産業との共同研究で、実際に人体に投与できる抗HIV薬を見出し、それが2剤の市販薬につながったことも、さらなる実績、信用となりました。児玉教授は、2016年度、ついに日本医療研究開発機構(AMED)の大型研究費を獲得することができました。現在10名ほどでチームを組んで、研究の最終段階に入っています。

7_児玉先生_図1
7_児玉先生_図2

 現在、EBウイルス関連白血病治療薬は、ヒトに対する安全性を実験動物で確認しているところです。しかし児玉教授は「ここで予期せぬ副作用が見つかり、開発終了となる薬も数多くあります」と指摘します。そして動物実験の難関を無事くぐり抜け、次に行われる臨床試験でも問題がなければ、いよいよ新薬として承認され、実際に治療に使えることになります。「そうなっても、癌を新薬1剤で抑え込むのは難しく、他の薬と一緒に使うことになるでしょうね」と、あくまで児玉教授は慎重です。
 
 児玉教授の話からは、現代医学研究が長期・巨大プロジェクトからなっていること、そしてそこでは極めて多くの人々がチームを組み、専門性の高いメンバーで互いに仕事を分担し、知見を積み重ねながら慎重に進めていく様子が伝わってきます。その状況の中で、児玉教授の白血病治療薬の研究開発は、個人として着手し、少しずつ周囲の信用と協力を勝ち得ながら、同じ研究を最後まで主導するという、大変珍しいケースになりました。

被災地における感染症治療薬の意義

 児玉教授の専門は基礎研究ですが、2011年東日本大震災、2016年熊本地震の発生時は、救急医療の応援医師として被災地に赴きました。その経験から児玉教授は、被災後の災害感染症対策という面でも、各種の感染症治療薬が存在する意義は大きいと考えるようになりました。多くの人が集まる避難所等で、感染症予防の重要性が昨今強調されています。児玉教授は災害現場で働きながら、「感染症に予防措置だけで対応することは現実的ではない」と認識するようになりました。被災地で、十分なマスクと手洗いの水を確保して予防対策を取ること、また、医療従事者がいるとは限らない避難所で、慎重な温度管理が必要なワクチンを新たに投与することは、簡単ではありません。一方で、感染症治療薬があれば、もし被災地で感染者が現れても簡単に投与でき、早い時間で抑え込むことができます。感染症には予防と治療の両輪が必要、そして災害発生後はむしろ感染症治療薬が鍵になると、児玉教授は考えています。

今後について

 「もともと、災害も感染症も専門ではなかったのですが、必要が生じて対応しているうちに、いつのまにかこうなっていました」と児玉教授は笑います。現在、IRIDeS災害医学研究部門長でもある児玉教授は、IRIDeSの学際的な災害研究へ医学からさまざまな形で貢献できるよう、調整役も担っています。今後は、災害感染症学分野の若手の育成や、細菌性感染症研究も支援していく予定です。

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【お問い合わせ】IRIDeS広報室 電話 022-752-2049、Eメール koho-office*irides.tohoku.ac.jp (*を@で置き換えてください)

 

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