2020.2.21
「南海トラフ地震臨時情報」を社会の防災に生かす学際プロジェクト始動
-IRIDeSの実践的防災学の確立を目指して-
はじめに
2019年1月、IRIDeSにおいて「南海トラフ地震の事前情報発表時における組織の対応計画作成支援パッケージの開発」と題するプロジェクト(以下「南海トラフ地震臨時情報プロジェクト」)がスタートしました。このプロジェクトは、「南海トラフ地震臨時情報」が発出された時、自治体や企業等、社会の鍵となる組織(以下「キー組織」)の対応を支援し、災害軽減につなげることを目的としています。セコム科学技術振興財団の助成を受け、理学・工学・社会科学・医学等を専門とするIRIDeS専任・兼任研究者ら13名が中心となって協働で進めています。
「南海トラフ地震臨時情報」とは1)
南海トラフ地震は、駿河湾から日向灘沖にかけてのプレート境界を震源域とするM8クラス以上の地震の総称です。過去には、約100年~150年間隔で繰り返し発生してきました。次の南海トラフ地震の30年以内の発生確率は70%~80%と評価されており、もし発生すれば広範囲に甚大な地震・津波被害をもたらしかねず、「国難」とも形容されています。
現在の科学では、確度の高い地震予測はできません。しかし過去の南海トラフ地震では、例えば「最初にプレートの東半分で地震が起きた後、西半分の地震が発生した」など、同じ南海トラフ域で一つの地震が時間差で別の地震を誘発した事例が複数あります。また、最新の科学では、「ゆっくりすべり」が地震を誘発する可能性にも注目されています。つまり、現在の科学では、「南海トラフ地震の発生可能性が通常より相対的に高まっている」ことを判断できる場合があります。このような科学的知見を背景に、気象庁は、南海トラフ地震の発生可能性が通常より高まった場合、「南海トラフ地震臨時情報」を発表し、状況に応じて地震への警戒あるいは注意を呼び掛けることになりました2)。2019年、内閣府は、想定被災地域にある自治体や企業が臨時情報発表時の対応方法を策定するためのガイドラインを発表しています3) 。
「不確実な災害リスク情報」をより効果的に社会の防災に生かしたい:プロジェクト始動
南海トラフ地震臨時情報を発出する制度を整備した背景には、巨大地震発生前に備えることで、少しでも実際の被害を減らそうとする政府の姿勢があると考えられます。しかし、巨大地震が起きるかもしれない(実際にはすぐには何も起きない可能性の方が高い)という「不確実な災害リスク情報」を防災に生かそうというのは、世界にも例のない新しい試みです。情報を受け止め、利用するキー組織や一般市民は、戸惑うかもしれません。
その問題意識に基づき、IRIDeSの研究チームは、さまざまな専門分野から、改めてこの南海トラフ臨時情報を掘り下げて検討することにしました。出発点は、「内閣府のガイドラインと矛盾しない形、かつ、研究者の比較的自由な立場からセカンドオピニオン的な知見を提供できれば、臨時情報利用者に役立つのではないか」「内閣府ガイドラインは一般的な内容であるので、さらに個々の地域や組織が置かれた状況に合わせた使いやすい知見を提供すれば、臨時情報を利用しやすくなるのではないか」という考えです。研究チームは現象評価研究班・対応行動体系化班・社会影響研究班の3班に分かれ、互いに議論しながら、南海トラフ地震臨時情報を各専門分野でとらえ直し、キー組織を支援できる知見へと練り上げる作業を行うことにしました。プロジェクトは3年間の予定ですが、1年目はまずモデル地域として高知県に注目し、研究を開始しました。
南海トラフ臨時情報プロジェクト 研究推進体制・アウトプット
現象評価研究班は、主に理学・工学の立場から、臨時情報が発表されるような、地震やゆっくりすべりなどの異常な自然現象が観測された場合に、その現象がどのような推移をたどる可能性があるかを可視化し、社会が対応しやすくすることを目指しています。臨時情報発出後、引き続いてどのような地震や津波浸水被害が起きうるか、という複数の典型的なケースを整理して示します。これによりキー組織は、漠然としたイメージではなく、各状況を具体的に把握できるため、対応準備をしやすくなることが期待されます。
対応行動体系化班は、主に企業・組織の臨時情報発表時の有効な対応計画の作成を支援するため、キー組織のタイプ別の推奨対応レシピの作成を目指しています。まず、「プレート境界の片側半分が割れる地震が発生し、臨時情報が発表されたときに、残る片側に近い企業・公的組織はどう対応するべきか」というケースを取り上げ、高知の関係者と意見交換を重ねています。また、このケースと突発地震の双方に有効な事業継続計画(BCP)のあり方も示す予定です。臨時情報発表時に起き得る状況として、地域の店舗からの食料品等の払底、交通渋滞など、政府のガイドラインにない点も検討しています。
社会影響研究班は、主に工学・脳科学・科学コミュニケーションの観点から、キー組織の行動選択が住民や社会にどのように影響し、逆にどのような反応を受けるのかに着目して研究を進めています。臨時情報に対する住民の反応パターンやその背景要因、不確実な災害リスクを住民と共有する際に考慮すべき課題を調査しつつ、東日本大震災時にみられた、キー組織の住民対応予測と実際の住民対応のずれを明らかにし、臨時情報発表時の対応への参考にする研究も進めています。最終的には、臨時情報をめぐり、防災効率を上げる現実的なキー組織の行動と住民への情報共有方法を追求します。
今後について
この南海トラフ臨時情報プロジェクトは2年目に入ったところですが、完全に成果が出そろった後に社会へ公表するのではなく、まだ研究を進めている段階において、要所で進捗状況を社会と共有し、コメントや要望を得ながらプロジェクトへ反映している点も特徴です。2020年2月19日には、高知で中間報告会を開催し、高知県庁をはじめ高知において臨時情報に関心を持つ関係者からフィードバックを得、プロジェクトに反映させました。このプロジェクトが、IRIDeSの学際性を生かしつつ、IRIDeSのミッションである「実践的防災学の確立」の一つのモデルとなることも期待されます。プロジェクト代表の福島洋准教授は「異分野間や社会との連携は難しいが、丁寧な対話を続けることで新たな視野が開けることを実感している。実践的に有用な成果を目指しつつ、各分野の展開を促すような新たな研究アプローチの形を追求したい」と話しています。
1)簡潔にまとまった解説として、以下がある。福島洋(2019)「南海トラフ地震臨時情報:起こる「かもしれない」巨大地震への対応」、なゐふるNo. 119, pp4-5, https://www.zisin.jp/publications/pdf/nf-vol119.pdf
2) 気象庁「南海トラフ地震に関連する情報の種類と発表条件」
https://www.data.jma.go.jp/svd/eqev/data/nteq/info_criterion.html(2020年1月20日確認)
3) 内閣府(2019)「南海トラフ地震の多様な発生形態に備えた防災対応検討ガイドライン【第1版】」
http://www.bousai.go.jp/jishin/nankai/pdf/honbun_guideline2.pdf
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