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2021.1.29

【研究紹介】東日本大震災の教訓から学び、病院の事業継続計画(BCP)の本質的要素を追求する

 

災害医学研究部門
災害医療国際協力学分野
佐々木 宏之 准教授

▷はじめに

 事業継続計画(Business Continuity Plan, BCP)とは、自然災害などの緊急事態が発生した際、事業の損害を最小限にとどめつつ、核となる部分の事業は可能な限り継続し、事業の早期復旧ができるよう、平時から備えて決めておく計画のことです。日本では特に21世紀に入ってから、企業などで先行して取り組みが行われていた分野でしたが、東日本大震災を機に、病院BCPについても本格的な策定が進むようになりました。人の生命と健康を守る社会基盤である病院が、災害時に機能停止してしまうと、社会にとって大きな打撃となるため、病院BCPは極めて重要です。

 IRIDeSの佐々木宏之准教授は、東北大学病院のBCP策定に携わり、かつ、病院BCPの本質的要素を追求する研究を行ってきました。しかしその佐々木准教授も、東日本大震災が発生した当時、災害医療や、災害発生時の事業継続については、全くの専門外でした。

 

▷東日本大震災により、病院の事業継続という問題に直面

 2011年春、佐々木准教授は、茨城県高萩市において外科医として地域医療に携わっていました。しかし、震災で状況は一変しました。自らが被災者となった中で、病院の運営や診療を停止するわけにはいかず、極めて困難な状況に直面したのです。

 被災した病院に対し、多くの支援の手も差しのべられましたが、佐々木准教授がそこで特に痛感したのは、「受援」の難しさでした。「現場にとって、支援者との温度差はつらいものでした。支援内容を調整するのも大変でした。また、支援者は短期間で交代するので、被災で疲弊したスタッフが、新たな支援者のために、何度も同じ内容を伝え直さねばなりませんでした」と、佐々木准教授は例を挙げます。極限状態にあった現場にさらなる負荷がかかり、善意の支援が新たな災害を招いているような状況が生じていました。

 その経験から、佐々木准教授は、支援・受援の改善を含め、病院が災害時にも機能を維持するにはどうすればよいのかを考えるようになりました。

 

▷東北大学病院BCP策定に参加

 佐々木准教授は、2011年5月、東北大学病院に異動となりました。そこですぐに災害医療の仕事を志願し、2012年のIRIDeS 発足時にはその一員となりました。2016年には災 害派遣医療チームDMATのメンバーにもなりました。

 東北大学病院がBCPを策定することになった際は、チームメンバーとなりました。佐々木准教授らは、会議や勉強会を通じてBCPについて学び、また、先行して策定された東京都や厚生労働省のBCP策定ガイドラインを参考に、東北大学病院BCPを策定していきました。東北大学病院BCPは2017年に完成し、現在は改訂版の第2版が、災害対策マニュアルとともにウェブサイトでも公開されています1)。2021年3月に第3版に更新予定です。

 
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    東北大学病院BCP 概念図
    (提供:佐々木宏之准教授)

 

▷チェックリストの集合体を超え、病院BCPの本質に迫る

 東北大学病院BCPは全国の病院BCPの中でも先駆的事例となりました。しかし佐々木准教授は、その策定に携わりながら、課題も感じるようになりました。その一つが、BCPの本質とは何かに関する議論が不十分であるという点でした。BCPは、事業継続をするために何が必要かという、細かいチェックリストの集合体にとどまる傾向があったのです。

 その問題意識から、佐々木准教授らは、病院BCPを俯瞰的に調査した上で、その本質を追求する研究を行うことにしました2)。まず、病院BCPに関する先行論文の調査から、国内外の病院BCPの傾向を調査しました。その結果、病院BCP に関する論文数は、2000年代、特に2005年のハリケーンカトリーナ以降、増加傾向にあること、そして、災害発生には国・地域で差があるため、取り上げられる災害の種類は異なるが、病院BCPの論点としては、地域・災害の違いを超えて、共通の傾向がみられることもわかりました。さらに佐々木准教授らは東北大学病院のBCPについても検証を行い、論文の結論で、病院BCPには「業務の優先順位」「代替方法の確保」「資源管理」という3つの要素が必須であると提言しました。すなわち、(1)業務の優先順位を明らかにすること、(2)病院に必要不可欠な機能は、被災しても継続できるよう代替手段を確保しておくこと、(3)災害時にも機能を保つための資源を管理しておくこと、の3点です。

 

▷本研究の意義

 「BCPの具体的な項目は、時代や社会の変化に即して変わっていくものです。BCPの運用は、それら細かい項目を超えた、理念的な部分が何かを把握した上で、行っていく必要があります」と佐々木准教授は述べます。今回の研究では国内外の病院BCPについて幅広く考察しましたが、世界の病院BCPの全貌を明らかにし、病院BCPのグローバル基準を確立していくためには、今後、さらなる調査・研究が必要です。しかし、今回の研究は、病院BCPの本質に関する重要な手がかりを提供するものとなりました。

 「事業継続活動の本質は、マニュアルやチェックリストを策定することではなく、それら文書の更新を含め、事業継続にかかわるマネジメントを続けていける組織と意識を作ると ころにあります」と佐々木准教授。「最も重要なのは、計画そのものではなく、計画を立て、柔軟に修正できる力をいかに醸成するか、という点なのです」。

 

▷今後について

 近年は日本災害医学会でも、「受援」や病院BCPが主要セッションテーマとして取り上げられるようになり、東日本大震災当時の教訓が広く共有・議論されるようになりました。「日本の医療機関が、1995年阪神・淡路大震災、2011年東日本大震災、2016年熊本地震、2018年西日本豪雨の各教訓から、着実に強くなってきたのは間違いありません」と、佐々木准教授は述べます。現場で課題を認識した上で、実践的に対策を考え実行していくのは、日本が得意とするところです。現在、病院は新型コロナウイルス感染症の対応に直面していますが、厳しい状況が続く中、1年で多くの対応を改善してきました。

 病院BCPに関しては、日本でも多くの病院で未だ整備されていない状況があります。また、災害が頻発する中、今後も、病院BCPを含め、災害医療のさまざまな分野で改善が必要となることが予想されます。人間の長寿やよりよい健康の追求は尽きない課題です。佐々木准教授は、今後も医療者として、また災害医学の研究者として、病院BCPと災害時のレジリエンスを考え、実践していきたいと話しています。

 
病院BCP 施設点検訓練の様子
(提供:佐々木宏之准教授)
 
 

1)「災害対策マニュアル、事業継続計画(病院BCP)」
http://www.hosp.tohoku.ac.jp/initiative/017.html(2020 年12 月20 日確認)
2) Hiroyuki Sasaki, Hiroaki Maruya, Yoshiko Abe, Motoo Fujita, Hajime Furukawa, Mikiko Fuda, Takashi Kamei, Nobuo Yaegashi, Teiji Tominaga and Shinichi Egawa(2020)“Scoping review of hospital business continuity plans to validate the improvement after the 2011 Great East Japan Earthquake and Tsunami,” The Tohoku Journal of Experimental Medicine. 251(3): 147-159. doi: 10.1620/tjem.251.147.
 
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【お問い合わせ】
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