東日本大震災後に避難所や自宅などで、多くの被災者の方々がさまざまな健康上の問題を抱えて医療や福祉・保健のサービスを必要としました。病院や診療所の機能がマヒする一方、多数の医療ニーズが発生することが災害医療のひとつの特徴です。被災地では、避難所などで診療を受けたときの医療の記録が災害診療記録として保存されています。当研究室では、倫理委員会の承認をえて、個人情報をすべて消去し匿名化された災害診療記録をデータベース化し、被災地における医療ニーズの疫学調査を行いました。図1は、南三陸町における疾患モジュール(非感染症疾患、感染症疾患、メンタルヘルス問題、外傷、母子保健問題)の時間的推移を示しています。非感染性疾患(NCD)が最も多く、2週間ぐらいにピークをとることがわかります。
被災地で発生しうる医療ニーズをいくつかの特徴的なモジュールに分類することで、実施すべき治療や、効果的な予防対策、支援の重要度などを計画することができます。災害のような複雑な事象は、人口や高齢化、地域の医療資源、ハザードの種類、季節性などによって異なる医療ニーズが発生します。複雑な社会現象も、それを構成する因子と、それぞれどのような法則にしたがって動くのかという法則性に分解することで、モデルとして再現することが可能になります。図2は、ある町における医療ニーズをモジュールを用いたモデルとして全体の時間経過による傷病発生の時間推移を再現できるように作成されています。それぞれの因子に影響を与えるパラメータを変えることで、どのように町全体の医療ニーズが変化するかを予測することができます。
災害医療対応には、データと状況判断にもとづいた的確な判断が必要です。研究データをわかりやすく、利用可能な形で提供することも大切な研究者の役割です。災害後の予想される医療ニーズは現実と大きく乖離する可能性もあります。情報を利用する実務者とも協力して、どのような情報が災害対応のときに必要になるかの研究も行っています。シミュレーションはさまざまな状況を再現できることを直観的に示すために、図3のようなダッシュボードを作成しています。