福島原発事故では、科学的な知見が不足している低線量・低線量率領域での長期放射線被ばく影響が社会的な関心事となっています。私たちは、旧警戒区域に生息している野生動物の中で人間に最も近縁なニホンザルに着目した研究を継続してきました。提供される野生ニホンザルから分析・計測試料を調製し、核磁気共鳴分析やシミュレーションを駆使して個体ごとに被ばく線量を評価しています。また、被ばく線量を評価した個体から用途ごとに調製した試料を用いた生物学的解析結果の相関から放射線影響の有無について検討を行っています。本共同研究では、福島原発事故による生物影響以外に、廃炉作業従事者や放射線業務従事者の放射線安全管理に対する応用が期待される科学的知見の蓄積を目指しています。
福島原発事故では可溶性の放射性物質の他に、シリカを主成分とする粒子に放射性セシウムが濃集する、不溶性粒子の形態で放出されたことが確認されています。粒子のサイズや粒子に含まれる放射能によって現在では2種類に大別されていますが、小さいサイズの粒子を吸入すると体内深部へ到達することが予想されます。粒子の体内分布、体内挙動や体内沈着部位周辺領域への影響については不明な点が多く、正常ヒト細胞に対する影響や動物実験による生物影響を解明する共同研究を進めています。
私たちのグループでは、致死的な放射線反復照射に対して抵抗性を獲得した正常ヒト細胞を樹立してきました。抵抗性を獲得する分子機構について現在解明を進めていますが、抵抗性を獲得した細胞ではがん抑制遺伝子産物や生存シグナルに関連する分子の放射線に対する応答性・挙動が、元々の細胞と異なることが分かってきました。また、抵抗性を獲得した細胞は、福島原発事故の汚染水問題で話題となっているトリチウムの処理に対しても抵抗性を示すことを確認しています。抵抗性を獲得する分子機構の解明によって、緊急被ばく時の放射線防護剤開発に向けた基礎的知見となることが期待されます。